2008年5月16日 (金)

地震について

地震、雷、火事、親父……。 怖いものを順に並べると、こうなるらしい。

     ◆

中学の頃、先生が 『死にかけた体験というものはあるかな?』 と、生徒に訊いた。

死にかけた体験……か。

そういえば小学生の頃、自動車に撥ねられて瀬波病院 (←今も存在するのかな) に運ばれたっけ。

まぁそんな事はどうでもよいのですが。

     ◆

その後先生は、新聞か何かの複写を生徒に配り、それを数分間黙読させた。

中学生だった僕にとって、あまりに衝撃的な内容だった。 その授業は、僕の胸の奥に深く刻み込まれ、今なお心に残っている。

――阪神淡路大震災が、その一家を襲った――。

崩れ落ちる家から命からがら脱出したものの、年老いた母親が取り残された。

近所の人らの力を借りて懸命に助け出そうとしたが、火の回りが速く……。

救助隊は、迫りくる火の手から彼を引き離そうとした。

屈強な腕に抱えられ、もはや抗うすべもなくなったとき、彼はこの上ない絶望を味わったに違いない。

彼は、『堪忍な、堪忍な』 と涙を流しながら、焼き尽くされてゆく家に向かって合掌をしたという。

先生の出身地は兵庫県だった。

幼い頃に、阪神淡路大震災を体験したという。

テレビの映し出す被災地の雑駁な様子から、その被害の概況を推して知る事はできても、被災者一人ひとりの味わった悲しみのすべてを伝える事はできない。

次々と新しいニュースが報道媒体上に氾濫し、視聴者の関心も移り変わる。

これだけ情報が飽和した世の中だからこそ、敢えて先生は 既に風化しかけていた阪神淡路大震災を授業の題材に選んだのだと思う。

     ◆

先日、中国で大地震が発生したという報道を見て、あの日の授業を思い出した。

正直言って、日本と中国の仲は良くない。

東シナ海ガス田問題、毒餃子問題、チベット問題、パンダ……。

そんな中国に対して 『天罰だ』 という声が上がった。 Yahoo! ニュースのコメント欄でなされた匿名の発言である。

……だけど。

中越地震のとき、韓国の掲示板で 『もっと死ね』 『天罰だ』 という声が上がって悲しかったのを憶えている僕にとって、たとえ相手が反日国家でも、天災に呻吟するその姿を嘲笑する事だけはできなかった。

誰かが、発言者に反論した。

『何でも時事問題と関連付けるお前にも、天罰が下るだろう』 と。

そう。 今回の災害は、政治とは全く関係がない。

確かに、苦しむ相手を嗤う人間はどこにでもいる。 でも、それを短絡的に政治と関連付けて自らの悪趣味を正当化するのは卑怯だと思った。

それに対し、厳然と (だが皮肉たっぷりに) 反論した彼は……なんだろう。

理屈では説明できないけれど、それが “武士道” なんじゃないかなぁと思った。

     ◆

あ、今回のエントリには、別に政治的な意図とかフラグとかは仕込まれていません。

(敢えてドライな事を言えば、被災者を支援したところで、日中間の問題が解決するわけではない。 だけど、打算的な思惑があって募金をした人は少ないんじゃないかと思っただけです。 念のため)

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