【おとな】
永谷園の 『おとなのふりかけ』 がおいしすぎる件について。
いや、あれってある意味アダルトコンテンツじゃないですか。
それにしても、
・ おとなのじかん
・ おとなのおもちゃ
……なんか、『おとな』 という枕詞が係るだけで途端に語感が猥褻になるから不思議です。 何を言っているんだろうか僕は。
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【知識か友情か】
『日本は「友情」、欧米は「知識」 学校の意義で若者調査 - 内閣府』 という記事を読んだ。
ちなみに、このアンケート対象年齢は18~24歳。 ちょうど僕とかぶる感じか……。
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小中学校はさておき、大学に通う意義は <知識を得るため> であると僕は考える (あくまで友情か知識かの二択である場合)。
せっかく、錚々たる学究のプロフェッショナル達に囲まれた環境に在るというのに、それを有効活用しないのはあまりに勿体無いよね? という話。
そもそも 『知識』 とか 『友情』 って、あまりにも広義に解釈可能な言葉だから、質問の仕方もあまり良くないと思うよ。
結局は主観の問題だから、両者は不可分であると考える人だっているだろうし、勉学を疎かにするための言い訳として友情という言葉を使う人だっているだろうし。
後者について、ちょっとだけ思った事を書こう。
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【価値相対化】
一見関係なさそうで実は関係のある話。
WBC 決勝戦の後、韓国のマスコミが敗戦を糊塗するために 『試合では負けたがマナーでは勝った!』 と書き立てたのをご存知の方も多いと思う。
正直、ラフプレーはお互い様だと思うのだが、彼らは 『勝敗』 という評価軸を矮小化するために敢えて 『マナー』 を持ち出し、勝手に “勝利” した気分になった――。
言葉は悪いけど、これって所詮は自慰以外の何物でもないと思う。
負けたからといって将棋版をひっくり返すような真似はしないで頂きたいものだ。
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【ふたたび知識か友情か】
話を戻すと、『確かに頭は悪いけど、友達を作るために学校に行っているのだから……』 という考えがもし存在するならば、それも所詮は彼ら韓国メディアと同じ穴の狢である。 これは 『友情の重視』 ではなく、単に価値観をすり替えて逃げているだけだからだ。
努力なしに知識を得る事はできないが、友情であれば日常の中で自然と育む事ができる (というか、努力しないと育めないような友情なんて偽物だよ)。 本来は別の性質を持つものを同列に並べる事によって、それを努力回避のための口実にしているに過ぎない。
ちなみにこういうのって心理学的には 『合理化』 と呼ばれている防衛機制のひとつである。
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……で、アンケート結果に対する内閣府のコメントがこちら。
『知識を身に付ける意義を低く見ると、社会に出た時に現実とのギャップを感じることにつながるのではないか』
これは一理あるけど、もっと問題なのは、社会に出たときにこうしたギャップを克服しようとする素地が身についていない事なんじゃないかなー……。
あぁ、人の事言えないや。 僕とか全然ダメじゃん。
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【JAI】
Java でどうしても画像処理をやりたいんです! ですです!
今まで、Java2D というクラスを使っていたのですが、研究用途ならば 『Java アドバンスドイメージング (通称 JAI)』 の方がよいだろうと考えました。
日本語で書かれた本で僕が知っているのは 『JAI 入門』 だけなのですが、この著者の赤間世紀氏は間違った事を平気で書く人なので、ちょっと躊躇しています。
某所で公開されていたソースコードもすごく怪しかったし。
うーむ、どうしたものか (←英語のドキュメントを読めばいいじゃん)。
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【JNI】
Java でプログラミングをしていて、どうしてもネイティブコードとの連携が必要な局面に出くわすこと、あるよね? (←ねーよw) (←いや、あるから)
Java から C/C++ のモジュールを利用するには、『Java ネイティヴインタフェース (通称 JNI)』 を用いればよいらしいのですが、普段 C 言語を殆ど使わない僕にとってこれは少々手ごわいやも知れません。
まぁ、ネイティブ連携に関する知識を得るのも後学のためになるかなぁとは思うので、いずれ手を出す予定ですが……。
数値計算や画像解析等、速度が重視される局面では C++ を使い、GUI 構築やメモリ管理が厄介なところは Java を使うというのが理想ですな。
うわー、やる事がどんどん増えてるー…… アワワ ヽ(´Д`;≡;´Д`)丿 アワワ
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【Shangri-la】
テレビをつけると、毎日のように不愉快なニュースが流れてくる。
たとえ腹を立てても、次の日には忘れてしまうのだが……。
否応なしに、この眼に飛び込んでくる夥しい情報の大部分は、所詮僕にとって取るに足らないものなのかも知れない。
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